ER日記(4):55歳男性の意識障害・右片麻痺

スポンサーリンク

0455歳男性の意識障害・右片麻痺

往診中の患者が、急に意識障害・右片麻痺を起こしたとのこと、往診中の医師から、脳出血疑いで患者紹介がERにきた。さて、その原因は、はたして脳出血か?

脳出血疑いの患者紹介

「先生、○○クリニックから脳出血の紹介です。」
ERナースが交換から回ってきた外線を聞いた後、ERドクターに代わった。
「はい、代わりました。ER医師の△△です。」
「すいません、脳出血と思われる患者の紹介ですが、いいでしょうか?」
「いいですよ、どういう患者さんですか?」

「私のところで透析を受けている55歳の男性ですが、先程から急に昏睡状態になり、右片麻痺が出ているのですよ。眼球は左に共同偏視がみられ、右にバビンスキー反射も出ています。脳出血と思うのですがいいですか? 既往に高血圧と糖尿病もありまして、糖尿病についてはインスリン治療を行っています。現在血圧が180の90です。」

ERドクターはその話を聞いた時、脳出血の診断に疑問がわいてきた。
「そうですか・・・。血糖値は測りましたか。低血糖発作はないでしょうか?」
「ハー? だけど昏睡状態で右片麻痺があってバビンスキー反射も出ているのですよ。低血糖発作で片麻痺が出ますか?」

紹介医師は、ERドクターからの予想外の返事にびっくりしただけでなく、少しむきになっていた。ERドクターは反論するつもりで言ったのではなく、医学的な話をしたに過ぎなかった。
「ちなみに、今回、痙攣はありませんよね。」
「痙攣はありません。」

突然の片麻痺の原因疾患は4つ、その頻度順は?

突然の片麻痺の原因疾患は頻度順に、①脳梗塞、②脳出血、③低血糖、④痙攣後のトッド麻痺、であり、これら4疾患で原因疾患のほとんどを占める。他に片麻痺の原因疾患として慢性硬膜下血腫、脳腫瘍・脳膿瘍、頸髄疾患などが挙げられるが、これらによる片麻痺は一般的には突然ではない。また、稀に高血圧性脳症や非ケトン性高浸透圧症候群(高血糖)でも片麻痺がみられることがあるが、非常に稀である。

突然の片麻痺の原因である上記4疾患のうち、大部分の原因は脳梗塞または脳出血である。しかし、低血糖による片麻痺も頻度は低いわけではない。ちなみに、低血糖による片麻痺はほとんどが右側であるが、その理由は「ER日記(1):60歳男性の不穏(意識障害)」でも書いたとおり以下の理由によるものである。

低血糖で脳の局所症状(片麻痺、言語障害)が起こる機序は、左右の大脳半球で血糖に対する閾値が違うためである。つまり、優位半球(言語中枢がある側)と劣位半球では血糖に対する閾値が違うため、同じ血糖値でも優位半球から症状が出やすくなる。

日本人のほとんどが左に優位半球があるため、片麻痺は右側に出る場合がほとんどである。また、意識障害も片麻痺もなく、わずかな言語障害のみみられる場合に低血糖である場合もある。

突然の片麻痺の原因診断のため、ERでは簡単なことから確認・検査が行われる

今回は突然の片麻痺以外に意識障害と共同偏視が追加されているが基本的な考え方は同じである。これらの鑑別診断(前述した4疾患)から原因を診断するためにERでは簡単にできることから確認・検査が行われる。つまり、①痙攣の有無の確認、②血糖検査、③CT検査、④MRI・MRA検査の順番である。

この方法は、①痙攣の有無の確認で痙攣後のトッド麻痺を診断または除外、②血糖検査で低血糖を診断または除外、③CT検査で脳出血を診断または除外、④MRI・MRA検査で脳梗塞の診断という理論に沿ったものである。ちなみに、この順番は頻度の低い原因疾患から診断または除外する順番となっている。今回は、痙攣はないとのことなので、脳梗塞か脳出血か低血糖であろう。

これら3疾患の内、一般的な頻度では大部分が脳梗塞か脳出血であるが、「糖尿病」、「インスリン治療」という情報が加わると、低血糖の可能性が非常に高くなる。ERドクターは、このような医学的な理論と頻度をもとに医学的な返答をしたのである。

「糖尿病があって、インスリンが投与されているのでしょう?」
「いえいえ、インスリンはこの2~3日投与していないのですよ。」
「そうなのですか・・・。ところで、血糖検査はできますか?」
「いや、現在往診中で患者の自宅からの電話なのですよ。」
「アー、そうですか。わかりました。それでは連れてきてください。」
ERドクターは、いずれにしても診るしかないと判断して患者をつれてきてもらうことにした。紹介医師の頭の中には低血糖という鑑別診断はなかったようだ。

突然の意識障害・片麻痺の患者が搬入されてきた。はたして、血糖値は?

しばらくして、救急車でその患者が運ばれてきた。紹介医師も同乗していた。確かに紹介医師が言うように、昏睡状態(JCS:Ⅲ-200)で、右片麻痺(完全麻痺)がみられ右のバビンスキー反射まで陽性である。そして眼球は左に共同偏視して呼吸抑制までみられている。これを見ると確かに脳卒中(脳梗塞または脳出血)と診断しても何の不思議もない。ERドクターもこれはひょっとして脳卒中(脳梗塞または脳出血)かもしれないと一瞬思った。

搬入後直ぐに簡易血糖検査と血液ガス検査が行われた。簡易血糖検査時間は5秒である。血糖値は34mg/dl、つまり低血糖である。この結果に、紹介医師は納得がいかないようであった。ちなみに、血液ガスでの血糖値も同じような値であった。

「糖尿病はありますが、インスリンはこの2~3日投与していないのですよ。」
「ただ、透析中の患者でしょう。それではインスリンは必ずしも代謝されているとは限りませんよね。」
ERドクターは少し控えめに返答した。
「それはそうかもしれませんが・・・。」

「いずれにしても、簡易血糖検査や血液ガスでは100%正確ではないですし、正確な血糖値は静脈採血の結果を待てばいずれ出ますので、ブドウ糖を入れてみます。」
ERドクターは押し問答をしても仕方がないと判断して治療を優先することにした。

ブドウ糖が投与された、その結果は

ERドクターの指示のもと、ブドウ糖が投与された。その後数分もたたないうちに意識は清明になり、右片麻痺は消失して呼吸状態も正常になった。やっぱり低血糖だったようだ。紹介医師はバツが悪そうに自己弁護的な言い訳をし始めた。ERドクターもそれ以上のことが言えず、念のため頭部CTをとるということで一段落した。勿論頭部CTは異常なかった。その後、静脈血の正確な血糖値も出たが、やはり低血糖であった。

患者は透析中のためインスリン代謝が遅延し、今もインスリンが血中に残っているのであろう。再度低血糖になる可能性もあるため内科に入院になった。そして入院中は当院で透析をおこなうこととなった。

紹介医師は患者の家族に、状況を説明している。患者の家族にしてみれば脳出血と言われ覚悟していたのだが、そうではなく症状が完全に回復したのだから、「ありがとうございます。」の一言である。主治医(紹介してきた医師)に深々と礼をしていた。ERドクターも主治医のプライドを傷つけないように、家族に状況を説明した。

ERドクターは紹介医師に自分の経験談を話し始めた

患者の家族への説明が終わった後、ERドクターは、紹介医師に自分の経験談を話し始めた。「実を言いますと、私も以前にこのような状況で脳卒中と思い込み低血糖発作を誤診したことがあるのですよ。今回のように脳卒中と全く区別がつかないような症例は珍しくありませんからね。」
「そうですね。本当に脳卒中と区別がつきませんよね。」

「もっと難しいのは、意識障害も片麻痺もなくて、軽い言語障害、つまり呂律が回らないだけの場合もあるのですよ。簡単に診察してしまうと誤診してしまうことがありますね。」
「そうですか。そんなこともあるのですね。」
「不穏の患者が低血糖ということもありますし、痙攣の患者が低血糖ということもあります。また、失神の患者が低血糖ということもありますね。いずれにしても、意識障害・不穏、片麻痺、言語障害、痙攣、失神の患者は必ず低血糖を除外するというのが鉄則です。」

「そうですね。いやいや、今回はいろいろ勉強になりました。どうもありがとうございました。」
この会話の後、紹介医師もやっと笑顔が出てきた。そして、ERドクターに礼を言って帰って行った。

脳卒中を疑えば必ず低血糖を否定!

低血糖はERでは珍しくない。低血糖を疑うことができれば誤診することはないはずである。特に脳卒中を疑った場合、必ず低血糖の除外を忘れてならない。脳卒中が原因でも低血糖が原因でも症状だけでは全く区別はつかない。「脳卒中を疑えば必ず低血糖を否定!」、この言葉を肝に銘じてほしい。

今回のように糖尿病の既往やインスリン投与の既往がはっきりしている場合は良いが、このような情報がわからない場合も現場では珍しくない。そのような場合でも誤診しないような低血糖診断のマニュアルを身につけておく必要がある。

以下はERでの鉄則である。「①意識障害・不穏」、「②片麻痺(特に右片麻痺)」、「③言語障害(構語障害など)」、「④痙攣」、「⑤失神」、「⑥ショック(血圧低下)」を主訴に来院してきた患者には、最初に必ず血糖検査(簡易検査または血液ガス)を行い、低血糖を除外することを忘れてはならない。これを忘れると、必ずある確率で誤診をしてしまう。

【医学的まとめ】

Ⅰ、突然の片麻痺の鑑別診断(頻度順)
1、脳梗塞
2、脳出血
3、低血糖
4、痙攣後のドッド麻痺

Ⅱ、低血糖の症状 -「ER日記(1)」で既に記載済-
下記症状を確認すれば、低血糖除外のために、必ず血糖検査(簡易検査または血液ガス)を行うこと!
1、意識障害・不穏(不穏も意識障害の一種)
2、片麻痺(一般的には右片麻痺がほとんど)
3、言語障害(構語障害など)
4、痙攣
5、失神
6、ショック(血圧低下)

このエントリーをはてなブックマークに追加
Twitterのアカウントを開設しました!
福岡博多トレーニングセンターはより多くの皆様に情報発信をするためにツイッターのアカウントを開設しました。(2017年6月25日より) このHPの更新情報や、その他の興味深い医学情報をお届けする予定です。是非、皆様のフォローをお待ちしています!
スポンサーリンク

AHA公認のACLSコースを1日で提供!

福岡博多トレーニングセンターでは、通常2日間で開催するACLSコースを1日で開催しています。
2日間のコースを1日コースに変更するにあたっては、以下のような受講者の皆様からのお声が背景にありました。

◆受講者の声1:病院勤務の場合、コース参加のために連続2日間の休みを確保することは難しい(特に土日の確保は難しい)。

◆受講者の声2:受講料をもう少し安くしてほしい。

これらのお声に応えるために、コース内容を洗練し 2015年6月から1日コースを新設しました。
受講料も、新規者は25,000円、更新者は18,000円に抑えることができました。
1日コースでも、習得しなければならない内容は全て網羅しております。正規のAHA公認ACLSコースです。

AHA公認BLSコースをほぼ毎日開催!

福岡博多トレーニングセンターではAHA公認のBLSコースを福岡県博多でほぼ毎日開催し、北九州市や熊本県、長野県でも定期的に開催しています。
AHAのBLSコースはPWW(Practice While Watching)と呼ばれる最も新しい教育方法を導入しています。これは、心肺蘇生法の教育において世界で最も権威あるAHAが、30年以上にわたる研究と経験に基づいて行っている方法で、DVDを見ながら(または見た後で)、マネキン(人形)での練習を小グループで行います。
AHA公認のBLSコースを受講したBLSプロバイダーがその地域に20%以上になると、その地域の救命率が飛躍的に上がることが実証されています。
福岡博多トレーニングセンターはこの活動を通して地域の救命率の向上を目指しています。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です