ER日記(7):43歳男性の急性アルコール中毒

07、43歳男性の急性アルコール中毒

 急性アルコール中毒で酩酊状態となり、嘔吐を繰り返す43歳男性が搬入された。急性アルコール中毒で来院する患者の中に、時として重大な疾患が隠されている場合がある。

急性アルコール中毒で酩酊状態となった43代男性が同僚に連れられてERに来院した。夜中のERでは別に珍しくない光景である。

深夜のER、夜中の11時時を過ぎたところであった。
「先生、ウォークインのアル中の患者です。」
ERナースが困ったものだというような顔をしながらERドクターに報告した。
「何歳? 男?女?」
「40代前半の男性みたいですよ。」
「この時間に困ったものだね。」
ERドクターも苦笑いをした。

43歳男性が急性アルコール中毒とのことで、同僚数人とERナース数人に抱えられて、ERのストレッチャーの上に乗せられた。酩酊状態のようで、本人と話をすることは無理なようである。ERにアルコール臭が漂ってきた。また、何回も吐いたのであろう、上着にいっぱい吐物がついている。その酸っぱい匂いが鼻をつく。介助をしていた同僚の服にも吐物が散っていた。

患者がストレッチャーの上に乗せられた後、同僚たちは待合に去り、数人のERナースがその患者の着衣を脱がし始めた。ERドクターは現在診療している患者のカルテを書きながら、ERナースたちがその患者の着衣を脱がす姿を横目で見ていた。

「先生、点滴は何で取りますか? 採血はしますか?」
着衣を脱がし終えた担当のERナースが聞いてきた。
「うん、ソルアセト(酢酸リンゲル液)で点滴をとって、採血もCBCと生化学を取っておいて。」
「意識レベルは3桁(昏睡)、血圧が180の100です。」
「血圧が高いねぇ。酒のせいかなぁ。」
ERドクターは首をかしげた。

ERドクターの態度には、急性アルコール中毒の患者の診察は今診ている患者の診察が落ち着いてから、という雰囲気が漂っていた。確かに急性アルコール中毒の患者に対してすることは決まっているし、緊急を要することもめったにない。ERナースもその辺はわかっているため、すべきことを淡々とこなしていた。

ERドクターが一瞬感じた違和感

ERドクターは、現在診ている患者の診察が一段落したためこの急性アルコール中毒の患者の診察を始めた。
「わかりますか?」
患者の応答はない。完全に酩酊状態である。ただERドクターは、酩酊状態にしては痛み刺激を加えた時の反応が少し鈍いと一瞬感じた。

その後、ERドクターは待合に行き、同僚の人たちの話を聞き始めた。同僚たちはみんな不安そうな顔つきでERドクターを見た。
「皆さんは、今日はみんな一緒に飲み屋でお酒を飲んでいたのですよね?」
「そうです。」
「この人はいつからお酒を飲み始めましたか?」
「夜の8時前からです。」
「そうすると、かれこれ3時間余りになりますね?」
「そうなりますね。」

「この人がこのような酩酊状態になることはよくあるのですか?」
「時々はありますが、こんなにひどいのは初めてです。なんか恐ろしくなって連れてきたのです。先生、急性アル中で死ぬこともあるのでしょう?」
「勿論ありますが、ところで、皆さんはこの人とずっといっしょにいましたか?」
「はい? どういうことでしょうか?」

「何が聞きたいかというと、皆さんが目を離した時に、どこかで転倒して頭を打ったようなことはないか、ということなのです。」
「それはないと思うのですが・・・、実を言うと、店の客がトイレでだれかが倒れている、というので行ってみると彼だったのです。その時いっぱい吐いていました。洋式便器の上に倒れこむような格好でしたので頭を打ったということはないと思うのですが・・・。頭の傷もなかったと思うのですが・・・。」

「そうですか。この人がトイレへ行く前と後ではおかしさが変わりましたか?」
「今日はかなり酔っていましたし、トイレで寝てしまったとばっかり思っていたのです。ただ、起こしても起きないので恐ろしくなって連れてきたのです。」
「ということは、トイレに入る前後で状態が変わった可能性があるわけですね?」
「そう言われれば、そうですね。」
同僚たちは顔を見合わせながらうなずいていた。
「わかりました。一応、頭の検査もしておきます。ところで家族には連絡が取れていますか?」
「もうすぐ奥さんが来られると思います。」

急性アルコール中毒の裏に隠された意識障害の原因

ERドクターは、再度、患者の神経学的所見を取り、頭部CTと頭部X線検査の指示を出した。そして、担当ERナースがその患者をレントゲン室へ連れて行った。しばらくして、ERの内線電話が鳴り、それをとったERナースが叫んだ。
「えー、くも膜下出血? わかりました。伝えます。」
レントゲン室からの電話であった。それを隣で別の患者を診察していたERドクターも聞いていた。

「やっぱりそうか。」
ERドクターは急に険しい顔になりレントゲン室へ走って行った。CT画面上の所見は確かにくも膜下出血である。それも外傷によるものではない。その時ERドクターにはこの患者の経過がイメージできた。トイレに入る前後にくも膜下出血を起こし、意識がおかしくなり、多量に吐いたのであろう。

この患者は単に急性アルコール中毒による酩酊状態ではなく、本当は昏睡レベルの意識障害だったのである。最初この患者の痛み刺激に対する反応が酩酊状態にしては少し鈍いと感じていたERドクターの疑問の謎が解けた。その後、この患者は直ぐに脳神経外科に入院となった。

急性アルコール中毒・意識障害、
常に頭蓋内疾患を考えておかなければならない

急性アルコール中毒による意識障害というふれ込みでERに来院する患者の中に、本当の意識障害の原因が急性アルコール中毒ではない場合が時にある。そのような場合の大部分の原因は、酔って転倒後の頭部打撲で、外傷性頭蓋内出血による意識障害である。

急性アルコール中毒時の頭部外傷は、明らかな頭部外傷の痕や頭部外傷の現場を誰かが見ていればわかるが、そうでない場合は見逃される危険もある。外傷性頭蓋内出血があるにもかかわらず急性アルコール中毒による酩酊または単に寝ているとして放置され、その後いつまでたっても覚醒しないため救急搬入され、その時には瀕死の重傷という場合も少なくない。

今回のような、急性アルコール中毒と脳卒中(脳梗塞、脳出血、くも膜下出血)が同時に起こるケースは珍しいが、急性アルコール中毒患者の意識障害の除外診断としては、前述した外傷性頭蓋内出血の次に重要である。

脳卒中の中でも脳梗塞や脳出血は片麻痺が出ることがほとんどであるため、単に急性アルコール中毒だけではなく脳梗塞や脳出血が起こったことの診断は比較的容易である。しかし、今回のようなくも膜下出血は、片麻痺を起すことはまずなく、意識障害・嘔吐という急性アルコール中毒とよく似た症状であるため診断が難しくなる。そのため、急性アルコール中毒と意識障害の患者に対しては、常に頭蓋内疾患を考えた診察が必要となる。

急性アルコール中毒で酩酊状態になっている人が、別の原因で意識障害を起こしたとしても周りの人は気づきにくい。そのため発見が遅れる場合がある。今回は同僚がおかしさと恐ろしさを感じて病院に連れてきてくれたため早期の対応が可能となった。非常にラッキーなケースである。

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